2017/11/20 15:10

 もう半世紀も昔、高校の担任の教師が、同僚たちとヨーロッパを回った
話をしたことがあった。アムステルダムの飾り窓の女たちの話やなんか。
結局勇気がなくて眺めただけだったそうだが(高校生に話すような内容と
も思えない。やっぱり母校はちょっと変わっている)。朝食のコーヒーと
パンだけを出すホテルの、そのパンがやたらに旨くて、ポケットに残りを
詰め込んで町中に繰り出し、昼食をそれですませたという。もっとも、今
の日本のパン屋は、欧米をしのぐ腕前だと聞くし、もはやポケットに詰め
込むこともないだろうが。
 以前この稿で、銀座のドイツ料理屋で初めて食したライ麦のパンのこと
を書いたが、散歩の途中、駅のすぐそばにドイツのパンを売り物にする店
が開店し、すっかりとりこになってしまった。ライ麦も悪くないが、僕は
全粒粉の月のように丸くて大きい田舎のパンを常用している。それに加え
て、最近はフランスのバケットをうんと太らせ、薄くスライスした、曰く
「サンドイッチパン」もお気に入りだ。なにしろ、焼きたて。
 さすがにパリで修行したと聞く店主だけあって、フランスのパンも旨い。
ことにこれはかすかな塩気だけのさっぱりとした味わいで、挟む具の邪魔
をしない。吉田健一が書いていた、胡瓜だけを挟んだ英国のサンドイッチ
のことを思い出した。一口食すと草原が脳裏に思い浮かぶ、とかなんとか。
もっとも彼は、牡蠣を一口食べたら「口の中が海になる」人だけど。
 今日はそれを作ってみた。先日買ったディジョンの粒なしのマスタード
をたっぷりと塗り、ただ胡瓜の薄切りを多めに挟んだだけのもの、もう一
つは、バターとマヨネーズを塗って腿ハムの切り落としだけを挟んだもの。
このパンなら、このようなシンプルなもののほうが旨いのではないか、と
思いついたまでのことで、確かにこれだけでめっぽう旨かった。フランス
では、バケットに生ハムを挟むそうだが、普通のハムだから、ちょっと塩
気と旨味が足りない気がしたのだった。そのうちいろいろ試してみようと
思う。