2016/05/02 11:11

 気が向いたとき、今売り出している楽譜の中から適当に1曲を選んで、それにまつわる話を綴ってみようと思う。まずはやっぱり、「風の記憶」ー弦楽四重奏のためのーですかね。
 若い頃、無謀にも地方の大学を中退して上京し、作曲家を目指した時期がある。音楽の学校はすでにあきらめていた。だって、ピアノがろくに弾けないんじゃお話になりませんや。でも、武満徹がいる。独学の人だ。アイデンティティを求めたわけではないけれど、雅楽の竜笛を宮内庁の上明彦氏(後に楽長になられたよし)から教わった。吹奏楽部でフルートを吹いていたので、これならなんとかなると思ったのだ。でも、それとはまったく似て非なるもの。とても面白かったし、おまけに結婚式場でアルバイトまでできた。この話を始めると止めどがないので、この辺で置くが、空いた時間に勉強もし、日本音楽コンクールの作曲部門にも挑んだ。もちろん1次審査で落選。無理もない、その時の楽譜ときたら、普通の記譜法ではなくて、イタリアの現代作曲家のルチアーノ・ベリオに触発された、まあ、図形の一歩手前のようなもので、なにしろ1拍(というか一区切り)が普通の1小節の長さ。おまけに4人がスコアを見ながらでなければ演奏できず、あまりに譜面が大掛かりで、音楽の以前で落とされてしかるべきものだった。でも、それを試みてみたかったのだから仕方がない。若気の至り。この「風の記憶」は、それを普通の記譜法に置き換えてみたものが元になっている。40年も経過して後。これがなかなか大変な作業でしてね。だって、基本的にはなかば演奏者の即興性に委ねられているものだったから。
 還暦を迎えた頃に僕は長い間ご無沙汰していた作曲を再開した。Finaleという楽譜制作のソフトの存在を仄聞し、書いた通りにオーケストラの音源で演奏もしてくれるという。幸い、デザインの仕事でパソコンを使っていたので、なんとか操作はできそうだ。作曲をしたもののついぞ耳にしたことがなかったこの曲を、なんとか聴いてみたいという思いももちろんあった。ちょうど東北の大震災。弦の音を風たちに見立て、それぞれがその時の記憶を語り合うという趣向にしよう。少し体裁を整えたけれど、ちょっと珍しい雰囲気の弦楽四重奏になったと思う。決して鎮魂というおおそれたものではない。幸いにも、この曲は「第12回TIAA全日本作曲家コンクール」の室内楽部門に入選した。審査委員長の選評に、現代的な奏法(Baltok pizzi.など)のないのが惜しいとあった。しょうがないのです。このソフトでは演奏ができない。楽譜にはチェロで2カ所ほどこの記号を記してはいたのだけれど。とても小さい記号なので、見落とされたのかもしれない。それは、チェロがやり場ない憤りを吐露するところ。ま、もしお時間があれば聴いてみてください。
 我ながら難曲だと思う。もしどこかで演奏してくれれば、それが初演ということになる。

※参考演奏(YouTube)=https://youtu.be/g4zfAwfeqJo