2015/11/27 10:21

 黛敏郎は「題名のない音楽会」の司会者としてあまりにも有名だけど、 米国の映画「天地創造」の音楽を担当したことは案外知られていない。僕は都合三度も映画館に通った。音楽が聴きたいばかりに。観た時期は異なるけれど、一度聴いただけでメインテーマの旋律が記憶に残り、何度も口ずさんだものだ。とても美しいだけでなく、映画音楽らしいちょっとスノビッシュな感じも好感が持てた。黛はこの仕事にとても力を込めたに違いない。僕は、これを彼の代表作に推したいぐらい。
 黛は日本の現代音楽の草分けの一人だが、彼が深く分け入った電子音楽やミュージックコンクレートの世界は僕には興味がない。したがって、代表作の「涅槃交響曲」も、面白いとは思いつつあまり興味が持てなかった。先述の武満徹とはあまりに対称的。でも、武満がまだ貧しくてピアノを持てないでいることを仄聞し、早速奥方のそれを贈ったという話を聞いて、尊敬の念が募った。
 二十代の終わり頃だったか、休みの日に鎌倉に遊びに行こうと思って、東京駅で横須賀線に乗り込んだら、隣のボックスに黛敏郎が独り腰をかけていた。僕は若い頃から凄いヘビースモーカーで、鎌倉までの1時間が我慢できない。当時グリーン車には灰皿が付いていて、喫煙できたのだ。窓際に腰掛けて早速吸い始めたら、彼は急に席を立ってどこかに行ってしまった。ああ、申し訳ないことをした、と、とっさに猛省。でも、吸いたいものは吸いたい。分不相応にグリーン車を奮発しているから、こちらも引けない。ま、これも運命です。
 五十路を越したあたりで僕もやっと禁煙をしたが、その後、他人の煙草の煙がとても臭くて閉口する。どうしてだか、喫煙していた者がやめた後が、キツい思いをするのではないかしら。人に迷惑を掛けてきた分、ザマあ見ろ、という寸法なのだろう、きっと。
 その節は大変失礼いたしました、黛先生。平に平にご容赦のほど。
 そうそう、これも余談だけど、20年ほど以前、長く居た赤坂から六本木の鳥居坂という所にスタジオを移したが、その右隣のマンションで黛敏郎が長く暮らしていたと聞いた。僕が入ったマンションより、数段モダンで立派だった。